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「クラシックファンという幻想」について考える

  純粋なクラシックファンはいるのか?

 クラシックにせよ野球にせよ、最初の一歩が、特定の曲のすばらしさに触れたからでも、野球のエキサイティングな魅力に取り付かれたからであったにせよ、次の段階では必ず特定のアーティストなり特定の球団にのめり込むと思う。
 では、特定の球団のファンは全体のファンではないのか?
 確かに昔は、巨人ファンには野球ファンはいないと思ったこともあったが、今では巨人ファンの大部分は「野球ファン」だと信じられる。最近好調の阪神が日ハムを迎えた交流戦、超満員の甲子園球場を見て、この人たちは根っからの阪神ファンなのだなと肌で感じると同時に、この人たちは本当に野球が大好きなのだなと思わずにはいられない。これなど、特定の球団の魅力が野球全体のファンを増やしている良い例ではなかろうか。クラシック音楽でもしかりである。

 元記事の趣旨に添うかどうかはわからないが、私自身の話を書く。
 私が初めて音楽としてクラシック音楽を意識したのは中1の時である。校内放送でかかる「はげ山の一夜」に衝撃を受け、それ以来クラシック音楽にのめり込んでいくことになる。
 その時の演奏者はまったくわからず、ただその曲の魔力に取り付かれてしまう。そして、自身の意志で曲を選ぶようになると、やがて特定の演奏者を意識するようになってくる。レコード芸術を読みあさり、名演奏ガイドの類には必ず目を通した。

 そんな自分であるが、いつの間にか音楽を集中して聴くことができなくなり(物理的にも精神的にも)、「クラシックファン」からは遠ざかっていった。十数年して再びレコード芸術を的購読してみたが、知らない演奏家ばかりが並ぶ記事に辟易し、1年ほどで購読を断念した苦い経験もある。
 あるときソニーのThe CD クラブを手にして以来、クラシック熱が再燃した。この通販は業者側の選者が選んだCD(ほとんどが旧版)が勝手に送られてくる方式であるが、幸いなことに選者の好み(販売戦略か?)が私のコレクションとまったくと言っていいほど一致せず、毎月お任せのまま10年近く継続している。

 このシステムのおかげで、特定の演奏者やレーベルに縛られないCDを手にすることができるようになった。
 自分自身で選定したCDは、それこそ何度も何度も繰り返し聴いたものだが、最近では1回聴いていてそれっきりというものすらある。当然ライブラリーなど記憶していない。

 それでも、最近はクラシック音楽を聴く時間が増えた。特定のアーティストに対するこだわりはほとんどなくなった。ある意味、本当のクラシックファンになってしまったのかもしれないと感じている。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

T/Bありがとうございます。
どうやらぼーっとして書くと文章にまとまりが無く、あらぬ誤解を受けてしまったようなので、コメントなぞ書いてみます。
僕が書きたかったのは阪神ファンは阪神を好きになることを通じて野球を好きになった人達で、野球という球技に興味を持って野球ファンになった人とは違うと言うことなのです。(実際にそういったファンの方が圧倒的多数だと思うのです。)
そして、魅力的な個人や団体を作り上げることと言うことが、そのジャンルや競技のファンを作るための第一歩であると思っているのです。
はじめからクラシックファンを作るのだと意気込んでみても、それにのってくる現非クラシックファンという人はあまりいないのでは?と言うのが「クラシックファンという幻想」というタイトルの真意です。
おぢちゃん様がレコ芸で知らない演奏家の記事ばかりが並び辟易したように、ファンとなる対象が無い状態ではそのジャンルから足が遠のきがちです。
ファンも時期が経つにつれ、そのジャンル自体のファンになることもあるとは思うのですが、それを演奏家や演奏団体が作っていくのは非常に困難で、演奏家や演奏団体は、自分たち自身を魅力的にし、自分たち自身のファンを作っていくと言うのが、最終的にクラシックファンを作る事につながっていくと思うのです。
なので、演奏をする者は、まずは自分たち自身のファンを作っていくべきであるというのが、私の考えなのです。
なぜそう思うかって言うと、「自分のファンを作る」と言うことの重要性にあまり気付いていない若い演奏家をたくさん見ているからだと思うのですが・・・
そんな風に思って、「演奏家支援事業-大阪AIS」という事業をディレクションしている私でした。
長文失礼しました。

投稿: AIS-Director | 2005年6月11日 (土) 03:15

 コメントありがとうございます。

 こちらこそ、ほろ酔いで十分に内容を咀嚼しないまま書きつづったため、「あらぬ誤解」になったようですね。

 「クラシックファン」と「野球ファン」について、それぞれ非常に共感する部分があると同時に、AIS-Director さんの考えと微妙にずれを感じた部分もあります。その部分が自分の中ではクラシックと野球とで違っていたにもかかわらず、強引に両者を連結した内容になってしまいました。そのため、「ずれ」だけが大きくなってしまい、「あらぬ誤解」になったのかもしれません。

 野球についてもクラシックについても、AIS-Director さんに刺激されて、思うところが沸々とわき上がってきたようです。軽々にコメントすると、よけいに「誤解する」結果になりはしないかと考えているうちに反応も遅くなってしまいました。

 この件については、もう少し整理して考えてみたいと思います。

投稿: ○な | 2005年6月13日 (月) 06:48

実は私も言っていて自分の中で矛盾点もありますし
ロジックとしてかなり強引な点があるのは、
実は気付いていたりするのです。

ただ、矛盾点を煮詰めた、ある意味自分の中の結論を書いてしまうよりも、多少矛盾点を内包していても思いのまま書いてしまう方が、こうやって意見を言って下さる方もいますし、注目を集めてしまいます。(実際あの記事を書いた直後の2日間はいつもの倍ぐらいのPVになりました(笑))

刺激的な内容で読者を集めようとするあたりは3流のゴシップライターのようになってしまいますが、より自分の意見をまとめるために時々はこういう手法もとってみたいなぁと思いつつ、それに溺れないように気をつけてみたいと思っています。

PS「初めて買ったCD」の記事、興味深く読ませていただきました。私も初めて買ったCDは覚えていませんが、初めて親父にもらったカセットテープは覚えています。(小学2年生の時に買ってもらったモーツァルトのシンフォニーの40,41が入ったものでした。)

投稿: AIS-director | 2005年6月13日 (月) 23:32

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